2016年12月7日水曜日

「被爆」認定(被爆体験者)長崎地裁判決(2016年2月22日)の波紋



「もっとひどい被害を受けた人もいる。まず私たちが被爆者健康手帳をもらうことで、原告のみんなを勇気づけたい」-。23日午前、長崎市役所で被爆体験者訴訟2陣原告らは、三藤義文副市長に訴えた。


長崎原爆に遭った場所が爆心地から12キロ以内の被爆地域外だったため「被爆者」と認められない被爆体験者が県、市に被爆者健康手帳の交付を求めた同訴訟。22日の2陣判決で長崎地裁は、年間積算被ばく線量25ミリシーベルト以上という新たな外部被ばく基準を据え、原告161人のうち10人を「被爆者」と初めて認めた。被爆地域外の認定は、すなわち現被爆地域の枠組みを否定し被爆地域拡大の必要性を是認する意味合いも帯びる。

判決から一夜明け、市役所に出向いた原告からは、勝訴原告10人への手帳即時交付とともに「まさか控訴しないですよね」などの発言が相次いだ。市は昨年7月、救済の観点から「被爆地域の拡大是正」を国に要望する活動を14年ぶりに再開し、田上富久市長も同8月の平和祈念式典で「被爆地域拡大を強く要望します」と高らかに宣言した経緯がある。市が判決をとにかく不服として控訴すれば、被爆地域拡大を訴えながら地域拡大を補強する判断を否定することになり、ダブルスタンダード(二重基準)との批判を免れない。


「まだ(控訴の)方向性を申し上げる状況ではない」と三藤副市長は厳しい表情。やりとりの後、市のある職員はこうつぶやいた。「(1陣の)高裁がまだ控えている」



2012年の1陣長崎地裁判決は、原告の訴えを全面的に却下。続く同地裁での2陣訴訟では、原告側証人が新たに原告全員の推計被ばく線量を推計し今回の一部勝訴につながった。3月28日に控訴審判決を控える1陣も、高裁に全原告の推計線量を出しており、原告388人のうち25ミリシーベルト以上は37人とみられる。ただし地裁とは別の裁判長だ。

2陣勝訴原告の今井ツタヱさん(84)、下川静子さん(82)姉妹は、弟で1陣原告の谷山勇さん(74)と一緒に爆心地から8・3キロの旧西彼矢上村で原爆に遭った。下川さんは「弟は同じ場所にいたのできっと認められる」と期待を込める。



被爆体験者が被爆地域外での被ばくと被害をめぐり県、長崎市と争い、被爆71年目に下された地裁判決の波紋を追った。

「なぜ25ミリシーベルトでの線引きなのか」。22日の被爆体験者2陣訴訟判決で長崎地裁は、原告161人中、年間積算被ばく線量25ミリシーベルト以上と推定される10人を被爆者と認めた。科学的に未確定な低線量被ばく(100ミリシーベルト以下)の健康被害に踏み込んだ司法判断だが、原告らは唐突感のある独自基準に戸惑いもみせた。


25ミリシーベルト以上とした理由について、判決では自然放射線による年間被ばく線量の平均2・4ミリシーベルトの10倍を超える場合、健康被害を生じる可能性があると説明。被告の長崎市や県の担当者は「根拠が曖昧」と困惑し、原告側も線量での新たな線引きを懸念する。


「25ミリシーベルト」という数値は、官民一体で進めた過去の被爆地域拡大是正運動とも深く関わる。この運動の一環で県市が実施した長崎原爆残留放射能プルトニウム調査(1990~91年)では、市東部の被爆未指定地域の生涯被ばく線量を最大2・5センチグレイ(25ミリシーベルト相当)と推計。しかし国は94年に「健康影響はない」と結論づけた。

地裁判決はこうした国の判断に疑問を投げかけた格好だ。採用した原告側証人、本田孝也県保険医協会長による全原告の外部被ばく線量推定値は、米マンハッタン管区原爆調査団測定の放射線量データ(45年9~10月)を基に算出。勝訴原告10人は、線量25・5~64・9ミリシーベルトだった。

市が被爆地域拡大などのため2013年設置した市原子爆弾放射線影響研究会(朝長万左男会長)は、同プルトニウム調査と同調査団測定の双方を検証済み。いずれも被爆未指定地域の生涯被ばく線量の最大値は「25ミリシーベルト」相当と推計され、焦点は低線量による健康影響に移っている。

研究会委員の松田尚樹長崎大教授(放射線生物・防護学)は、地裁判決で「25ミリシーベルト」の根拠の一つに、福島第1原発事故を踏まえ住民の健康リスクを推計した世界保健機関(WHO)の報告書を挙げた点に着目。「報告書でも25ミリシーベルトは福島原発周辺住民の被ばく線量の最大値だが、健康影響が出たという報告にはなっていない」とする。

その上で「例えば白血病の労災認定基準は『年間の被ばく線量が5ミリシーベルト以上で、被ばくから発症までの期間が1年超』など、それぞれ基準、数値は異なる。科学にも限界がある。明らかに健康リスクがあるともないとも言えない中で裁判所が出した結論だろう」と推察する。

旧北高戸石村(現長崎市、爆心地から約11キロ)で原爆に遭った矢野ユミ子さん(81)は、22日の被爆体験者2陣訴訟の長崎地裁判決で敗訴。被爆者として認められなかった。


「原爆の後、灰が積もった畑で作られた野菜を食べ、井戸水を飲んだ。熱が出たり髪の毛が抜けたりして数年前に胃がんになった。なのに、なぜ被爆者ではないの」。原爆投下後に降り注いだ放射性降下物が野菜や水に混じり、体内に取り込んで「内部被ばく」の影響を受けたと矢野さんは思っている。

訴訟は、爆心地から一定離れた場所での内部被ばくによる健康影響が認められるかどうかが焦点だった。原告側証人の本田孝也・県保険医協会長(59)は原告161人全員を対象に、原爆投下後1年間に浴びた線量を推計。外部被ばく線量は0・3~64・9ミリシーベルト、甲状腺の内部被ばく線量は5・6~1341ミリシーベルトと推計。「健康被害が生じる可能性があった」と訴えた。

だが、地裁判決は内部被ばくについて線量測定や影響の判定は困難とし、本田氏の推計方法の一部に誤りがあると判断。原告について「内部被ばくが生じるような状況にあった」としながらも「具体的な程度(線量)は明らかでない」と結論づけ、外部被ばく線量だけを判断材料にした。このため原告161人のうち被爆者認定は外部被ばく線量が高い10人にとどまった。

「期待していたが、内部被ばくに関して非常に厳しい司法判断が示された」。判決後の集会で本田氏は硬い表情を崩さなかった。

本田氏が期待していたのには訳がある。被爆者の原爆症認定をめぐり「内部被ばくといった残留放射線の影響も十分に考慮すべき」とした昨年10月の東京地裁判決など、内部被ばくの影響を肯定する司法判断は定着しつつあるからだ。

本田氏は「今回の長崎地裁判決は、内部被ばくを認めたふりをして認めていない。線量を全く評価しないのはおかしい」と語る。

原告側は、敗訴した151人について控訴する方針。一方、原告が388人に上る1陣控訴審の福岡高裁判決の言い渡しは1カ月後に迫る。

原告側の三宅敬英弁護士(41)は「地裁と高裁に提出した資料はほぼ同じで、原告全員の線量も同じ手法で出している。しかし裁判長が違う。内部被ばく線量を参考にした高裁判決を期待したい」と語る。


長崎新聞(2016年2月26日)


2016年12月6日火曜日

(追記)訂正の申し入れに対するNPO法人・ヒューマンライツ・ナウの、その後の対応について




「被爆者援護法は、年間1ミリシーベルトを基準と定める」という誤りの記載について
ヒューマンライツ・ナウに出版物の訂正を申し入れました

(詳細リンク)




上記の通り、2016年8月に出版物記載の一部訂正を求めましたが、その後のヒューマンライツ・ナウの対応には真摯な姿勢が感じられません。
指摘を受けても、すみやかに訂正の行動をとらない当該団体の姿勢は、むしろ内容を間違えたことより問題があるのではないでしょうか。

ここであらためて私の感想と批判を率直に述べます。

本書は、「年間1ミリシーベルトを基準とする被害者の権利」を解説する中で、原爆被爆者の援護施策に関する法律「被爆者援護法」について触れ、伊藤氏の寄稿および巻末の「日本のNGO・専門家のコメント」等としても言及してあります。

そこでは、「被爆者援護法は年間1ミリシーベルトを基準として定めている」と紹介しつつ論拠の柱とし、それらと同様に原発事故の被害者にも1ミリシーベルト基準の施策が与えられなくては不平等であるとの主張が展開されており、こうした説明が数箇所にわたり見受けられました。

しかしながら、被爆者援護法に 1ミリシーベルト基準が定められている事実などなく、これは間違った認識です。従って主張の根拠になりません。記述されていたのは表面をなぞった知識で、象徴的なのが、厚労省がインターネット上で公開した単なる「絵図」を文書と表現したり、本来の法律条文を何も確かめていないといった安易な引用です。

原爆については70年以上を経ても、いまだに訴訟は絶えることがなく、原爆被爆者が直面し続けてきた隠蔽や抑圧、厳しい闘いの現実があります。その史実、被害実相に関する知識、原発と原爆という両問題の繋がりなど、日頃の報道等でも注意深さを持てば大筋を知ることは可能で、一般常識の範囲で正しい問題意識を持てるはずです。それは過去のものではなく現在進行形で続いている社会問題です。

本書に寄稿したそれぞれの筆者たちの原発事故被害者に対する想いは理解できますが、刊行した団体関係者に視野の偏りがあり、比較として持ち出された原爆被害者に関しては不勉強なところを感じました。

グローバー勧告自体は重要なものでしたが、一部誤った説明が記載されているため、まだ救済されてない方々の訴えを皮肉にも邪魔する格好となり、現行の被爆者援護施策に関する誤解という弊害を社会に拡げてしまっています。法律家が出版物でそう説明していれば、知らない人はそれを疑わずに事実と受け取ってしまうでしょう。

間違った知識は誤解を生み、無理解や偏見に結びつきます。これは被害の特殊性ゆえに社会から理解されにくい被爆者が、長く苦しんできたことのひとつです。

福島原発事故以後、原爆の放射線被害にも関心が集まり、話題に取り上げられることが多くなりました。しかし原発事故の被害や補償権利を主張する人達が利用する「材料」や「ネタ」として被爆者が存在しているわけではありません。残念なことに、そこにとても 鈍感なまま無自覚に踏み荒らしてしまう人も増えたように思います。

また、虚偽を根拠にしてしまえば大切であるはずの主張の信頼性、正当性も当然毀損されます。それは情報を発信する側に立つ場合において十分気をつけなければならない点です。出版関係者の思い込みと独善傾向が先走り、注意を払うべき事実精査に慎重さを欠いている印象を受けます。

各分野の専門性を伴った主張を行う場合、一部関係者だけで固まらず、特によく知らない事柄については外部からの査読を複数受けるなどの確認作業が必要だと思います。公に出版するのであれば尚更です。そして今回のように後で誤りが見つかった場合、すぐに適切な対応が望まれます。他人の人生の深い部分に影響を及ぼすことだからです。

第三者が情報の質を軽率に扱えば(そして訂正しなければ)、実際に不利益を被るのは当事者(原爆被害者)です。
出版した団体は責任をもって今後の対応を再考して頂きたいところです。(2016年12月)


被爆70年 原爆症認定なお狭き門

被爆70年、今なお訴訟

被爆を認められないヒバクシャたち

2016年9月14日水曜日

【声明】ノーモア・ヒバクシャ訴訟・名古屋地裁判決について(2016年9月14日)



2016年9月14日
厚生労働大臣  塩崎 恭久 殿

ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国原告団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国弁護団連絡会
日本原水爆被害者団体協議会

声 明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟名古屋地裁判決について

1 本日、名古屋地方裁判所民事第9部(市原義孝裁判長・髙瀬保守裁判官・西脇真由子裁判官)は、4名の原告のうち2名について、国の却下処分を違法として取り消す勝訴判決を言い渡した。

2 判決は、放射線起因性の判断について、DS02の推定被曝線量は「あくまでも一応の目安」にとどめるのが相当であり、「当該被爆者の被爆後の状況、被爆後の行動、被爆後に生じた症状等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討したうえで」「健康に影響を及ぼすような相当量の被曝をしたのか否かについて判断」する必要があると判示し、4名全員の放射線起因性を認めた。

3 また、2013年12月16日に再改定された「新しい審査の方針」についても、判決は、原爆放射線による被曝を検討するに当たっては、残留放射線の影響や放射線感受性の個人差を考慮する必要があることを指摘し、上記基準の積極認定に該当しない場合でも、個々の被爆者の被爆状況等や被爆後の健康状況などの事情を個別具体的に検討するのが相当であるとして、これに反する国の主張を退けた。

4 さらに、判決は、原告らの疾病と原爆放射線との関連をいずれも認めた。
特に、当日2キロに入市した慢性甲状腺炎の原告と、直爆2.3キロの心筋梗塞の原告は、上記再改定された「新しい審査の方針」の積極認定に関する疾病、被爆距離ないし入市時間の基準に該当しないものであるが、判決は、これらの疾病についても、一般的に放射線被曝との関連性が認められ、「低線量域についてもその関連性を否定することはできない」として、「確立した知見がない」とする国の主張を退けたことに大きな意義がある。

5 ただし、今回の判決が、これまでの多数の判決の流れに反して要医療性を狭く解し、また、国家賠償請求を退けたことは不当である。

6 厚労省は、全国の被爆者が原爆症認定集団訴訟に立ち上がる中で、2008年に「新しい審査の方針」を策定して積極認定の制度を導入し、国は2009年8月6日に日本被団協代表との間で「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」を締結した。この確認書には「訴訟の場で争う必要のないように、定期協議の場を通じて解決を図る」と明記されている。それにもかかわらず、厚労省は、みずから策定した「新しい審査の方針」の運用を狭め、原爆症認定行政を後退させたため、被爆者はノーモア・ヒバクシャ訴訟を全国の裁判所に提訴せざるを得ない状況となった。

7 原爆症認定集団訴訟以来の司法判断の流れに沿う今回の判決に対して、国は控訴を断念し、重い病気で苦しんでいる原告らに対する早期救済をはかり、原爆被害に対する償いをはかるべきである。
  


被爆71年に当たる今年5月、原爆投下国であるアメリカのオバマ大統領が広島を訪問し、「いつか証言する被爆者の声が聞けなくなる日が来るでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は薄れさせてはなりません」と述べた。原爆症認定問題の最終的な解決をはかるべき時は今をおいてない。国は、これまでの認定行政を断罪した累次の司法判断を厳粛に受け止め、日本被団協の提言に沿って司法と行政の乖離を解消する、法改正による認定制度の抜本的な改善を行い、一日も早く、高齢の被爆者を裁判から解放すべきである。
  

私たちは、国が、17万余の被爆者が生きているうちに、原爆被害に対する償いを果たすことこそが、核兵器をなくすという人類のとるべき道の歩みを進めることになると信ずる。





2016年9月14日
厚生労働大臣  塩崎 恭久 殿

ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国原告団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟愛知原告団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟愛知弁護団
愛知県原水爆被災者の会


声 明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟名古屋地裁判決について
1 本日、名古屋地方裁判所民事第9部(市原義孝裁判長)において、2名の原告について、国の却下処分を違法として取り消す原告勝訴の判決が言い渡された。
2 裁判所は、原告全員について(うち3名の原告は非がん疾患を申請疾病とするものである)、放射線起因性があるものと判示した。
しかしながら、2名の原告については、再発の可能性が低いこと等を理由に、要医療性が認められないと判断をした。
また、原告らの国家賠償請求についてはいずれも棄却をした。
3 本判決は、原告らの放射線起因性を認め、起因性はないとした国側の主張を明確に排斥した点で評価できる。裁判所は「個々の被爆者が積極認定の範囲に該当しない場合であっても、個々の被爆者の被爆状況等や被爆後の健康状況、被爆者の罹患した疾病等の性質、他原因の有無等を個別具体的に検討し、放射線起因性を判断するのが相当である」と判示しており、概ね、原爆症認定集団訴訟における司法判断を踏襲している。
しかしながら、要医療性については、「再発や悪化の危険性が高い等の特段の事情がない限り、定期検査などは医療にあたらない」と判示した。要医療性の範囲をきわめて狭く限定するものであり、被爆者救済という被爆者援護法の趣旨に反する不当な判断である。
4 厚労省は新しい審査の方針を策定し、また国は2009年8月6日に「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」を締結した。そして上記の確認書には「訴訟の場で争う必要のないように、定期協議の場を通じて解決を図る」と明記されている。それにもかかわらず厚労省は、みずから策定した「新しい審査の方針」の運用を狭め、原爆症認定行政を後退させたため、被爆者はノーモア・ヒバクシャ訴訟を全国の裁判所に提訴せざるを得ない状況となっている。
 今回の名古屋地裁判決は、敗訴原告を含めて放射線起因性を肯定しており、放射線起因性に関する国の後退する原爆症認定行政に対して、厳しい批判を加えたものであり、司法と行政の乖離がいまだ埋められていないことを示す内容となっている。
5 今回の名古屋地裁判決に対して、国は勝訴原告に対する控訴を断念し、病気で苦しんでいる高齢の原告らに対する早期救済をはかり、原爆被害に対する償いをはかるべきである。
国は、これまでの認定行政を断罪した累次の司法判断を厳粛に受け止め、日本被団協の提言に沿って司法と行政の乖離を解消する、法改正による認定制度の抜本的な改善を行い、一日も早く、高齢の被爆者を裁判から解放すべきである。



2016年8月25日木曜日

「被爆者援護法は年間1ミリシーベルトを基準と定める」という誤りの記載についてヒューマンライツ・ナウに出版物の訂正を申し入れました




認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ 東京事務所
事務局長 伊藤和子様
担当者の皆様






〔書籍〕 
≪国連グローバー勧告 福島第一原発事故後の住民がもつ「健康に対する権利」の保障と課題≫

について、内容に誤り(および誤認識)が見受けられましたので、お知らせします。


▲【その1】
<巻末資料> 「国連グローバー勧告に対する日本政府の訂正案・及びこれに対する日本のNGO・専門家からのコメント」
68パラグラフ(195ページ)「日本のNGO・専門家のコメント」の中で、

「なお、広島・長崎原爆の被爆者に対する支援法である『被爆者援護法』は支援する被ばく者の範囲について、年間 1mSv を基準として定めており...」

との記載がありますが、その法律や事実はありません。

▲【その2】
77(b)パラグラフ、日本のNGO・専門家のコメント(197ページ)に、

「既出のとおり、被爆者援護法の実施状況、JCO東海村事故の態様に照らせば、福島原発事故後の住民のみが 1mSv を基準とする医療支援を受けられないことは明らかに不当である」

とありますが、【その1】での指摘と同様、被爆者援護法によって 1mSv を基準とする医療支援が行われる、といった法律や事実はありません。

▲【その3】
<巻末資料> 「国連グローバー勧告に対する日本政府の回答・及びこれに対する日本のNGO・専門家からのコメント」
における日本のNGO・専門家のコメント(152ページ)
(小項目)「(4)他の制度との一貫性の欠如」
の中で、

「原爆被爆者に医療支援等を行う『原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律』(被爆者援護法)及び現行の原爆症認定基準は、放射線起因性の判断基準の1つとして、被ばく地点が爆心地より 3.5km という距離を採用しており、厚労省のウェブサイトによればこれは、一般公衆の線量限界が年間 1mSv であることに基づくものだとされている。...(中略)...なぜ、福島原発事故の被害者のみ別の基準をとり.....」

との記述がありますが、原爆症認定制度において、年間 1mSv の被ばく線量をもって疾病の放射線起因性が認められると判断する基準は存在せず、その認定事実もありません。
文中の「年間 1mSv であることに基づく」の部分が不正確であり、事実誤認です。


▲【その4】
本書中の伊藤和子様の寄稿
(題名)「年間1ミリシーベルトを基準とした住民の権利保障への転換を」
(小項目)(3)「1mSv を基準とした医療施策」(56ページ)の記述に、

「しかし、現行の『原子爆弾に対する援護に関する法律』(被爆者援護法及び原爆症認定基準は...(中略)...年間 1mSv であることに基づくものだとされています」

とありますが、【その3】での指摘と同様、原爆症認定制度を
 「1mSv を基準とした医療施策」
であると捉えて定義し、そのように示されていることは事実誤認です。

以上が、〔書籍〕内容に関する指摘です。





その他、伊藤様の御発言内容で同様の誤りを指摘いたします。

▲【その5】
2014年2月22日に、日本医師会館で開催されたシンポジウム
「福島原発災害後の国民の健康支援のあり方について」
において、
伊藤様により行われた講演
「『健康に対する権利』の視点から見た、福島原発災害後の政策課題 国連特別報告書『グローバー勧告を中心に』」
のご説明の中で、
「1ミリシーベルトを基準とする健康モニタリングを求めている点については、たとえばJCO事故後には、1ミリシーベルトを超える方々に対する健康診断を行うという政策決定がされましたし、原爆被害者に対する援護法も 1ミリシーベルトを基準として、健康手帳を交付するという形の健康施策をとっています」

とお話されていますが、「原爆被害者に対する援護法で 1ミリシーベルトを基準として被爆者健康手帳を交付する」といった法律や事実はありません。

また、この説明時に伊藤様がスクリーン上で示されている資料には、原爆症認定基準の3.5km 距離が書かれてあり、原爆症認定制度と被爆者健康手帳制度(被爆者認定)、2つの制度を混同してお話されています。





▲【その6】
伊藤様の執筆により公開された記事(2つ)

① 「被爆者援護法やJCO事故後には、年間1ミリシーベルト以上の被ばくを前提として医療支援の措置が講じられているのに...」
(2013年9月、記事)
➁ 「原爆被爆者の認定も年間1ミリシーベルトの基準に基づく 3.5km 基準で行われ、健康支援を受けている...」
(2014年3月、記事)
といった記述がありますが、①、②、いずれも事実誤認であり、原爆被爆者が年間1mSv 基準で医療支援を受けているという法律や事実はありません。

以上が、伊藤様の御発言に関する指摘です。



=========================
では、上の指摘【その1】 ~ 【その6】について、私から事実説明をいたします。

【その5】で申し上げましたが、
原爆症認定(原爆症認定)と、被爆者手帳(被爆者認定)は〝異なる別の制度〟です。

 被爆者援護法の医療給付と制度の関係
http://ninteisiryo.blogspot.jp/2017/01/blog-post_21.html

恐れ入りますが、詳細は伊藤様の方でその違いを再度お調べいただき、ご確認ください。
制度の区別を理解していただけた事を前提に、以下それぞれを説明いたします。

*************************
※ 被爆者健康手帳制度について 。

被爆者手帳<被爆者認定> の審査において法律(被爆者援護法)に線量基準はありません。
したがって、1mSv を基準として被爆者手帳が交付されるという法律や事実はありません。

2013年に泉田新潟県知事が、この誤認識をもとに「累積 1mSvで被爆者手帳が交付される」と公式発言したことがありました。
そのため、私から泉田知事および新潟県庁に対し抗議とともに発言の訂正を求めたことがあります。
最後に各県自治体からの正式回答がありますのでご参照ください。

同じく、某団体に所属する吉田由布子さんが「0.05mSvで被爆者手帳が交付される」との話を各地で講演されていました。
被爆者手帳の交付条件は線量と無関係である事を、各自治体からの法律事項に関する回答で示してあります。
あわせてご参照ください。


被爆者健康手帳制度(被爆者認定)では、
法律(被爆者援護法)に線量基準や線量審査がない事は、これら各自治体の回答で明白です。

「累積1ミリシーベルトで被爆者健康手帳は交付されるか」の質問に対する行政・自治体からの正式回答
https://renree.blogspot.com/2018/06/blog-post_18.html




************************
※ 原爆症認定制度について
そしてもうひとつ、 <原爆症認定> の方ですが、こちらは話がやや複雑になります。
しかし最初にお伝えしたいのは、原爆症認定にも平成20年3月以降、【線量基準は存在しない】ということです。
現在の基準は「外形基準」です。

「新しい審査の方針」は外形基準(線量基準は廃止)

原爆症認定基準は、
「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」、第10条1項の条文にもとづき、
申請者が充たすべき「放射線起因性」と「要医療性」の2要件
について、その有無を判断する目安として、厚生労働省が被爆者援護法に則した解釈をして定める(行政)規定です。

平成20年4月より認定基準「新しい審査の方針」が運用開始され、平成21年6月に一部改定、平成25年12月に再改定が行われましたが、これらは線量基準ではありません。
したがって、年間1mSv をもって申請者の疾病の放射線起因性要件(被爆者援護法、第10条)が充たされ、認定や医療支援が行われるとの事実はありません

〔書籍〕の記載や伊藤様の認識は、「一定の距離、一定の時間」をもって「一定の形式的要件」をみたすことにより放射線起因性の有無を判断する外形基準(積極認定範囲)を把握されていないと思います。

①「線量基準」(線量条件で判断)→ ≪放射線起因性の有無≫ ←(形式条件で判断)「外形基準」②

①と②の混同で線量を主軸に観てしまわれると現行基準を見誤ります。「基準=線量基準」ではありません。

では、3.5km について厚労省が説明している年間1mSv とは何であるのか?となりますが、
それは基準ではなく、
「国の有する知見(DS体系)にもとづき、認定範囲の距離限界を示す意味で、科学的知見を踏まえて(後から)提示された政策判断の目安」、
であると厚労省が定義済みのものです。
ひとことで言えば「ひとつの見解」です。

1ミリシーベルトは基準ではなく採用距離について後から説明された政策判断の「見解」

この年間1mSv の見解とは、
平成19年8月から平成20年3月までの期間、基準見直し(新基準策定)に向けた動きの過程で、
平成19年12月17日に厚労省・原爆症認定の在り方に関する検討会が提出した案「在り方検討会答申」(線量基準案)と、
平行して与党議員プロジェクトチームが作成し、平成19年12月19日に提出された「与党PT提言」(外形基準案)が、
互いに水と油の相容れない内容であったため、厚労省が両案の内容をうけて素案を作成する試みの際、
与党PTが提案した 3.5km に(厚労省が)線量解釈として「後付け」した文章です。

▲【その3】、および▲【その4】で指摘した、
≪...年間1ミリシーベルトであることに基づくものだとされています≫
の記述にも関係する話ですが、
「厚労省が年間1mSv の線量を初めに意識して、それに基いた線引きを慎重に行い、3.5km 地点に1mSv を見いだして、ラインを定めることにした」
・・・かのような御想像を持たれているのではないでしょうか。
しかし事実は全くそうではないのです。

この3.5km の認定距離を考えたのは厚労省ではなく、当時平行して5ヶ月近くにわたり別原案の作成をすすめてきた与党PTの議員たちです。
PT議員らの最初の試案では、直接被爆者は4km まで政策判断で救済しようじゃないかというものでした。
しかし、その距離で認定人数を試算してみたところ必要予算が膨れ上がることが分かり、議員たちは弱腰になります。
そこで次に議員たちが作ったのが、3km の案でした。
ところが今度は、それを知った被爆者団体が議員たちに抗議をします。
それで議員らも折れて結局、その中間をとって 3.5km の案として平成19年12月19日に厚労省に提出しました。
3.5km が決められた根拠とは、実はたったそれだけのことなのです。

つまり 3.5km の距離が先に与党PT案として出たのですが、この時に(初期あるいは年間)放射線量が議員らに意識されていたわけではありません

新基準案、認定距離修正の変遷(与党プロジェクトチーム)

<資料1> 「原爆症認定問題のとりまとめ(与党PT提言)」(平成19年12月19日、厚労省へ提出)

<資料2> 「原爆症認定の在り方に関する検討会報告(在り方検討会答申)」(平成19年12月17日、厚労省へ提出)


「厚労省・原爆症認定の在り方に関する検討会」から提出された「在り方検討会答申」と、「与党PT提言」の両案を厚労省が吟味し、1ヵ月で作成した下書き案は、各方面が更に検討するために平成20年1月に暫定発表され、最終調整に向けて医療分科会へと提出されます。
この素案「新しい審査のイメージ(案)」には

≪★≫ 「自然界の放射線量(1mSv)を超える放射線を受けたと考えられ、被爆地点が約3.5km 前後である者」

という文章が初めて加わりました。
(繰り返しますが、先に提出された与党PT案には、3.5km はありましたが、線量に関する記載や文言はありません)

<資料3> 「新しい審査のイメージ(案)」(平成20年1月21日、厚労省が暫定発表)


上記≪★≫ は、DS体系による線量基準(原因確率)を残そうと企図していた「在り方検討会答申」の中で(この答申案は最終的に不採用になります)、
総合判断ケースの審査対象定義に、
「日常生活で自然界から浴びる放射線にも満たない被曝である場合はこの(審査対象の)限りではない」
というくだりがあり、その被曝とは
「日本において日常生活で1年間に自然界から浴びる放射線は約1mSv(1989年、放医研調査にもとづく)である」
と言及されたことに由来します。
(<資料2> 4ページ下を参照)

<資料2 > を御覧いただけるとお分かりになると思いますが、まずここで述べられているのは、1mSv 以上であれば認定するということではなく、(あくまで国が行っている線量推定で)1mSv 未満であった場合は、もはや放射線起因性はあり得ないとして総合審査対象とする余地はない(却下してよい)という趣旨です。
「総合審査」とは、放射線起因性は考えにくいとして文字通り総合判断へと回されるケースのことですが、国から推定被爆線量を「ほぼゼロ」とされる申請者は決して珍しくないので、「この限りではない」の文言を根拠に線量評価を優先させ、機械的に却下するために用いようとした従来の国の理屈です。
この「(1mSv にも)満たない」というのが「ほぼゼロ」の意味で、在り方検討会答申ではそれを科学的な装いで回りくどい説明に言い換えているのです。

それをさらに、厚労省の官僚が「もじって」、いわば理屈の辻褄合わせのためにイメージ案に付け足した文言が≪★≫です。






厚労省は、2.5km 以遠の被爆線量は「ほぼゼロ」と評価し、かねてから裁判でも「爆心地から 2km 以上の距離に原爆症は存在しない」と主張してきました。

■ 原爆症認定訴訟で被告(国側)が行っている主張とは
http://ninteisiryo.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html


しかし、司法判決結果を重視して被爆者救済の意向をより汲んだ与党PTが提出してきた3.5km 案は、初期放射線がわずかしか届かない範囲までもが含まれていて、残留放射能(特に遠距離の放射性降下物)の広範な影響を正面から認めずには原爆症発症の説明がつかないものだったので厚労省は頭を悩ませます。

厚労省は自分たちの論理破綻が露呈しかねないことを何かの説明で取り繕わねばならなくなり、
(公式発表で被ばく量ゼロとしている人を突然大っぴらに認定するわけにいかないため)、
「もはやこれ以上の距離(3.5km 以遠)に原爆症を発症させる被ばく線量など存在せず、ここ(3.5km)が認定距離を決めるうえで放射線被爆があった(かもしれない)ギリギリの限界地点である」
という反論の意味あいで、
(初期放射線のみで説明しなければならず苦し紛れの建前として)
この1mSv の文言を作り出し、3.5km 距離についての線量解釈に位置づけて素案に(勝手に)盛り込みました。

これは、司法判決において何度も、
「内部被曝が考慮されておらず過小評価の疑いがある」
と否定されながら、DS体系(DS86、DS02 )に依拠した線量推定に固執する厚労省の抵抗姿勢なのです。
いわば理論武装です。
与党PT案を無視して、「在り方検討会答申」の線量概念を基準に残したいとしていた狙いもあります。

よく勘違いされやすいところですが、原爆による個々人の被爆線量は基本的に未解明であり、当時のデータ自体乏しいため、今でも全てがはっきり解明されているわけではありません
(おそらく、これから先も明確にはわかりません)。
そもそも全容解明に限界がある原爆の個人被爆線量を、(内部被曝を殆ど考慮していない)DS02 で全て解明されているものと権威づけるのも厚労省の常套手段です
(未解明なものを法律に取り入れることは出来ませんから、被爆者援護法(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律)にも線量規定などないのです。)


4.1km で被爆した女性の染色体推定結果⇒ 被爆線量は「300 mSv」
 https://renree.blogspot.com/2015/06/200868-41928-15-435-280-20-20141223-331.html                         




■ 初期放射線を一切浴びていない被爆者(後からの入市であったり、偶然地下室にいたため直爆は受けずに後の逃走経路で残留放射線のみを被曝した)のケースであっても、個別に被曝線量を推定した場合、染色体推定で「3.3 Sv」に達する高線量被曝の事例などが報告されている。

「残留放射線は無視できるほどに僅かなもの」と主張している厚労省の根拠( DS02 による推定計算)とは大きくかけ離れた結果が出ている。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/11/dl/s1112-7e-d.pdf



■ 2011年に放影研が発表した論文。
DS 02 では初期放射線の到達は「ほぼゼロ」に近いとされている爆心地から 3km 以上離れた場所で被爆した遠距離被爆者らのサンプル(49 名の臼歯、計56本)を集め、ESR 法により生物学的な被曝線量をそれぞれ測定したところ、内側試料で4名、外側試料では6名が被曝量、300mGy を超える値を示した。

これらの例のように、生物学的な手法を使った被爆者の個別線量推定では、DS02 のシミュレーション計算では説明できない研究結果が出ており、ひとりひとりの被爆者の被曝量の特定は、いまだ未解明なのである。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrr/advpub/0/advpub_10144/_pdf
                



厚労省がまとめた、この「新しい審査のイメージ(案)」は、平成20年1月17日の第83回医療分科会で、「在り方検討会答申(案)」や、「与党PT提言(案)」と一緒に提出され、揃った 3 案をつきあわせて以後数回、大詰めの策定が行われました。
その審議で、
「日常に浴びる年間放射線量(1ミリシーベルト)を一瞬に浴びることになる 3.5km 以内の被爆であれば認定する」
とした厚労省イメージ案の箇所について、
「数字がひとり歩きすると、少量の被ばくで健康を害するという誤解が生じる」
と、(主に国側の)専門家から批判が集中します。
ご存知のように、国側専門家たちの多くは100mSv 以下の影響を否定的に捉えますから、必然的な反応です。

また一方の被爆者サイドからも、「残留放射線を過小評価する厚労省の姿勢」だと批判されます。

イメージ案「1ミリシーベルト」の文章に審議会で批判が集中

厚労省官僚の思惑は外れ、科学的根拠がなく(意味も)紛らわしい不適切な部分と審議で指摘されたため、
≪★≫ の文言のうち
「自然界の放射線量(1mSv)を超える放射線を受けたと考えられ」
の部分は、その時点で不採用となり削除されました。

もともと、与党PT案は原因確率(線量基準)を排除する目的で作成されたもので、そこ(3.5km)に具体的な線量数値を(勝手に)盛り込むのは不自然かつ作為的であり、当然の結果と言えます
厚労省が苦肉の策で付けたこの文章は、各方面から粗雑さを見抜かれて全否定されることとなりました。

以後、平成20年3月に最終的な調整案がまとまり正式発表。
厚労省は世論の厳しい批判を受けて最後は抗しきれず、与党PTの作成した案が、ほぼそのまま通る形で決着がつきます。
そして同年4月から運用開始となった新基準「新しい審査の方針」(平成20年方針)ですが、そこには
「自然界の放射線量(1mSv)を超える放射線を受けたと考えられ」
の文言は勿論ありません。

<資料4> 「新しい審査の方針」(平成20年3月17日)(平成21年6月22日一部改定)


つまり、これ≪★≫は新基準策定の途上で編み出された、厚労省の見解(言い訳)にとどまります。
現在の厚労省ホームページに馬鹿げた同心円図を使い、もっともらしく説明してあるのも、これです。



与党PT案を結果的に丸呑みさせられた厚労省が、
「ここ(2km 以遠)にいた人達は原爆症になるような被爆などしていない。この少ない線量では科学的観点から放射線起因性はない」
と、法律規定とは関係のない領域で反論見解を示しているに過ぎません。
さすがに厚労省も法律事項に関する虚偽説明までは行っていませんし(そこがまた巧妙なのですが)、定められた認定距離についての「見解」や「主張」なら、何を言おうが示そうが自由だからです。

その挙句、まさに数字だけが思いもよらぬ方向へ一人歩きして、「原爆被爆者は、1mSv 基準で認定されている」という現実離れしたデマゴギーまで出回る原因にもなってしまったわけです。
1mSv と聞くと「防護の1mSv」を連想する人が多く、その先入観も誤認識の一因でしょう。

批判をうけている厚労省ホームページ
この認定距離(3.5km)について、対する被爆者側の弁護団は
「原爆症を発症するに足りる相当量の被爆事実が認められる範囲」
という正反対の「見解」です。

訴訟原告弁護団、認定距離についての「見解」

これこそ(残留放射能影響をめぐっての)「見解の相違」です。

よって当然ながら、年間(あるいは初期放射線)1mSv が、厚労省の審査実務で放射線起因性の判断要素とされることは一切ありません。
現行は外形基準である以上、(1mSv に限らず)いかなる線量数値であっても「基準」としてしまうことは法律的見地から誤りとなります。

武田邦彦さんが、「広島・長崎では、年間 1mSv で被爆者援護法の対象となっている」と、さかんに発言されていた時期があり、私から武田さんに事実誤認であることを説明したことがあります。
最初に武田さんの方から「貴重なご意見なので、やりとりを公開できませんか」とのお申し出がありましたので、私の個人ブログで公開しています。
武田さんもほぼ同じ誤認識でした。
この年間1mSv の見解とは何であるのか、内容は今回と重複しますが掲載してあります。

武田邦彦氏の間違いを御本人に指摘してみました(武田邦彦氏へのメールを公開)
とかく直接被爆者の距離ばかりに目が向きがちなため、3.5km 地点の初期放射線量を見て認定の最小線量は1mSv だとお考えになったかもしれませんが、それも違うのです。

忘れがちなのが入市被爆者の基準です。
入市の場合、現行基準の形式的条件を充たしているにもかかわらず、DS02で残留放射能の被曝を推定すれば、1mSv 未満やゼロになる例が多く出てきます。
(当然の前提として、入市被爆者の場合の初期放射線被爆はゼロです)

厚労省は、これがバレないよう、直接被爆者の認定距離(初期放射線、1mSv)ばかりを目立たせて前面に押し出し、同心円図で強調することで誤魔化しています。

国の評価でゼロ線量の(全く被爆していない)はずの人が認定基準の枠に入り、実際に原爆症認定されているのは面妖な話ですが、国は内部被曝を過小評価していますから、(外形基準と線量基準が相反するコンセプトのため)こうした矛盾が出てきます。
その背景は基準策定経緯で説明した通りです。

あえて国が推定している線量評価に強引に言及するならば、現在の認定基準内の最小値は1mSv ではなくゼロなのです。

国・厚労省が行う残留放射線被曝量の算定


仮にそれを

「被爆者援護法ではゼロを基準として定めており...」
「原爆被爆者は、ゼロを基準に医療支援が行われている...」
「原爆被爆者の基準は年間被ばく量ゼロであることに基づくもの...」

などと言えば、ますますおかしいと誰もが解るはずです。
1mSv を基準だと言ってしまうのも、それと何ら変わりなく、理屈が逆立ちした誤認識です。


結論として、「年間(あるいは初期放射線)1ミリシーベルト」は基準ではありません。
「新しい審査の方針」運用による認定・却下状況は以下の通りとなります。
実例を見ていただければ一目瞭然で、「1mSv が基準」との説明は、現実とかけ離れたものであることが、ご理解頂けると思います。

「新しい審査の方針」運用による、平成22年4月から平成25年6月までの処分状況
説明は以上です。



今回の最後に喩えの創作話を記したいと思います。
戯言ですが、私から皆様にお伝えしたい問題意識を比喩で御理解いただきたく試みました。

ご一読いただけると幸いです。



昔、Aさんの争い事の失敗が原因で、Bさんは殴られて命を脅かされるほどの怪我をした。

BはAに対して、怪我を招いた責任があるとして治療費の賠償を求めた。

Aは、「あなたは怪我をするほど殴られてない」と、それを拒否した。

長年のAの態度に怒ったBさんは、ついにAに対して訴訟をおこした。

裁判でBさんは、
「私は単に殴られて怪我をしただけでなく、ばら撒かれた危険物が同時に飛んできて怪我をし、その落ちたものをまた踏んだため大怪我になり、混入していた毒物が身体に入ったため後遺症が出た」
と証言した。

それに対してAは、
「毒が入った危険物など一切撒かれていないし、その時は腕が届かない所にBがいたのだから怪我するはずがなく因果関係はない。それに、Bが言うような治療を必要とする状態になどBはなってはいない」
と主張した。

裁判の判決では、
「Bは大怪我をして現在も治療が必要な状態に置かれていると認められ、あらゆる証拠や証言を総合的に検討すれば、Aの証言は事実を過小評価している疑いがあり、Bは殴られ、散逸した危険物や毒物の影響も受けたと解するのが相当である。当時の状況とBの怪我および後遺症との因果関係に高度の蓋然性があると認めることができる」
として、Aに賠償金の支払いを命じ、Aの主張を退け、Bの主張を認めた。

その後も、
「Bさんと同じように、実は私もその時そこにいて命を脅かされ怪我をさせられました」
として、今まで泣き寝入りしていた人達も次々と訴訟を起こし始め、裁判が続いた。

その中には、当日そこにいなかったのに後日その場所に来て、落ちていた危険物で、ひどい怪我をした人もいた。

Aは何度も何度も訴訟で負け続けた。
それでも後から新たな訴訟がひっきりなしで争いが終わらず、見かねた有志の議員らが集まって仲裁人となり、AとBさんたちの間に入り、解決策として賠償の新しい中身を決めることになった。

「数多くの判決の結果から判断すれば、当日、少なくとも半径3メートル半の距離にいた人は、怪我をさせられたと考えて差し支えない」
とし、加えて、
「後から近くに〇日以内に来た人達も、その場に残っていた危険物で怪我をしたと考えて差し支えない」
として、この人たちに賠償するよう誓約書の内容を取り決めた。
今後は被害者の訴えを謙虚に聞き入れる話し合いの場を作り、裁判で無駄に争わないこと、という合意書も作った。

その条件にAは抵抗したものの、様子を見ていた周囲の人々から批判を受けたため、しぶしぶ誓約書にサインした。

これでようやく解決かと一時は思われたが、そうはならなかった。

その後も、Aは自分のホームページを作って公表し、
「3メートル半で、そんな怪我したはずないんだ。
あの人達は殴られてないし散らばった危険物もなかった。
科学的に見れば、せいぜい軽く触られた位なんだ。
だってその証拠に腕の長さはここまでしか届かない。ほらね。(そして同心図を見せる)。
円の外側の遠い場所なんて、こーんなに小さい数字の力しか届いてないでしょ。
だから本当はそれが怪我の原因じゃないんだけど、まあ、もうお年寄りばかりだし、被害を被ったと思い込んで精神的に悩んでるのは気の毒だよね。
それで、こっちが直接やったわけじゃないから別に非はないけれども可哀想だからお金を手助けしてあげている。
自分は、そうやって親切心で、安心して暮らせるようにずっと協力してるんだ。
ほら、みんなのお金も使って特別に、こんなによくしてあげてるところ。
これでまだ不満なんて言ったら、それは贅沢かな。
みんなだって頑張っていて大変なんだから、あの人たちも我慢すべきところはしなくちゃ。
それが思いやりの平等ってものだよね」
と言いふらした。

それまでのAとBさんたちの経緯を知らず、いきなりAのホームページをネットで観た人達。
口先で装うのがうまいAが一方的に喋った話をすっかり信じてしまい、
「へー。そうだったんだ。
Bさんたちが治療費をもらってるらしいのは、なんとなく知ってたけど、Bさんたちはその程度のことでも月に13万円とか。
病院の治療費だしてもらえてタダ。
嫌な事には遭ったかもしれないけど、ちょっと一回触れた程度でも、今はちゃんと手厚い支援を受けられるようなった。
この不景気の中、けっこう厚待遇かも...。
だったら...自分たちだって似たような目に遭ってるから貰う権利、当然あるよ。
自分達だけ何もないの不公平じゃん。
他の人たちにも、この事をどんどん知らせてあげて、みんなで怒ろうぜ!」
と口々に言い出し始めた。

その様子を見たBさんは驚き、
「いいえ皆さん待ってください。それは違うんです。
皆さんが生まれる前ほどの昔、Aが大きな争いごとを起した挙句に暴走し、失敗して凄惨な結果を招き、沢山の人が巻き込まれて亡くなったり大怪我させられ後の人生を狂わされたのに、まだそんなこと言って自分を正当化してるだけです
無責任なAは殴った張本人に「今後、あなたに賠償の請求はしません」と私達に相談もなく、勝手に早々と約束してしまいました。
私も家族も長年それで辛い経験をし、今も後遺症で苦しんでいます
私達の賠償誓約書の中身、ちゃんと見てください。
ちょっと触られただけで、お金を払ってもらえる取り決めなんて誓約書の何処にもありません。
全て解決なんてしてなく、泣き寝入りさせられている被害者は、まだ大勢います。
Aが新たな賠償を拒否するために、問題を気付かれまいとして民衆を欺こうと書いているホームページの巧妙な嘘と宣伝。
それを鵜呑みにして事実無根の話を伝えられたら困ります。騙されないで下さい」
と、お願いした。(了)

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原爆被爆者に関する正確な情報の伝達にご配慮いただき、
書籍内容の訂正等、適切な対処をご検討くださいますよう、何卒お願い申し上げます。


岡 紀夫






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(追記)

上記の通り、訂正を求めましたが、その後のヒューマンライツ・ナウの対応には真摯な姿勢が感じられません。
指摘を受けても、すみやかに訂正の行動をとらない当該団体の姿勢は、むしろ内容を間違えたことより問題があるのではないでしょうか。

ここであらためて私の感想と批判を率直に述べます。

本書は、「年間1ミリシーベルトを基準とする被害者の権利」を解説する中で、原爆被爆者の援護施策に関する法律「被爆者援護法」について触れ、伊藤氏の寄稿および巻末の「日本のNGO・専門家のコメント」等としても言及してあります。

そこでは、「被爆者援護法は年間1ミリシーベルトを基準として定めている」と紹介しつつ論拠の柱とし、それらと同様に原発事故の被害者にも1ミリシーベルト基準の施策が与えられなくては不平等であるとの主張が展開されており、こうした説明が数箇所にわたり見受けられました。

しかしながら、被爆者援護法に 1ミリシーベルト基準が定められている事実などなく、これは間違った認識です。従って主張の根拠になりません。記述されていたのは表面をなぞった知識で、象徴的なのが、厚労省がインターネット上で公開した単なる「絵図」を文書と表現したり、本来の法律条文を何も確かめていないといった安易な引用です。

原爆については70年以上を経ても、いまだに訴訟は絶えることがなく、原爆被爆者が直面し続けてきた隠蔽や抑圧、厳しい闘いの現実があります。その史実、被害実相に関する知識、原発と原爆という両問題の繋がりなど、日頃の報道等でも注意深さを持てば大筋を知ることは可能で、一般常識の範囲で正しい問題意識を持てるはずです。それは過去のものではなく現在進行形で続いている社会問題です。

本書に寄稿したそれぞれの筆者たちの原発事故被害者に対する想いは理解できますが、刊行した団体関係者に視野の偏りがあり、比較として持ち出された原爆被害者に関しては不勉強なところを感じました。

グローバー勧告自体は重要なものでしたが、一部誤った説明が記載されているため、まだ救済されてない方々の訴えを皮肉にも邪魔する格好となり、現行の被爆者援護施策に関する誤解という弊害を社会に拡げてしまっています。法律家が出版物でそう説明していれば、知らない人はそれを疑わずに事実と受け取ってしまうでしょう。間違った知識は誤解を生み、無理解や偏見に結びつきます。これは被害の特殊性ゆえに社会から理解されにくい被爆者が、長く苦しんできたことのひとつです。

福島原発事故以後、原爆の放射線被害にも関心が集まり、話題に取り上げられることが多くなりました。しかし原発事故の被害や補償権利を主張する人達が利用する「材料」や「ネタ」として被爆者が存在しているわけではありません。残念なことに、そこにとても 鈍感なまま無自覚に踏み荒らしてしまう人も増えたように思います。

また、虚偽を根拠にしてしまえば大切であるはずの主張の信頼性、正当性も当然毀損されます。それは情報を発信する側に立つ場合において十分気をつけなければならない点です。出版関係者の思い込みと独善傾向が先走り、注意を払うべき事実精査に慎重さを欠いている印象を受けます。

各分野の専門性を伴った主張を行う場合、一部関係者だけで固まらず、特によく知らない事柄については外部からの査読を複数受けるなどの確認作業が必要だと思います。公に出版するのであれば尚更です。そして今回のように後で誤りが見つかった場合、すぐ適切な対応が望まれます。他人の人生の深い部分に影響を及ぼすことだからです。

第三者が情報の質を軽率に扱えば(そして訂正しなければ)、実際に不利益を被るのは当事者(原爆被害者)です。
出版した団体は責任をもって今後の対応を再考して頂きたいところです。


被爆70年 原爆症認定なお狭き門

被爆70年、今なお訴訟

被爆を認められないヒバクシャたち

「被爆者健康手帳」申請の壁と低い交付率