2016年12月7日水曜日

「被爆」認定(被爆体験者)長崎地裁判決(2016年2月22日)の波紋



「もっとひどい被害を受けた人もいる。まず私たちが被爆者健康手帳をもらうことで、原告のみんなを勇気づけたい」-。23日午前、長崎市役所で被爆体験者訴訟2陣原告らは、三藤義文副市長に訴えた。


長崎原爆に遭った場所が爆心地から12キロ以内の被爆地域外だったため「被爆者」と認められない被爆体験者が県、市に被爆者健康手帳の交付を求めた同訴訟。22日の2陣判決で長崎地裁は、年間積算被ばく線量25ミリシーベルト以上という新たな外部被ばく基準を据え、原告161人のうち10人を「被爆者」と初めて認めた。被爆地域外の認定は、すなわち現被爆地域の枠組みを否定し被爆地域拡大の必要性を是認する意味合いも帯びる。

判決から一夜明け、市役所に出向いた原告からは、勝訴原告10人への手帳即時交付とともに「まさか控訴しないですよね」などの発言が相次いだ。市は昨年7月、救済の観点から「被爆地域の拡大是正」を国に要望する活動を14年ぶりに再開し、田上富久市長も同8月の平和祈念式典で「被爆地域拡大を強く要望します」と高らかに宣言した経緯がある。市が判決をとにかく不服として控訴すれば、被爆地域拡大を訴えながら地域拡大を補強する判断を否定することになり、ダブルスタンダード(二重基準)との批判を免れない。


「まだ(控訴の)方向性を申し上げる状況ではない」と三藤副市長は厳しい表情。やりとりの後、市のある職員はこうつぶやいた。「(1陣の)高裁がまだ控えている」



2012年の1陣長崎地裁判決は、原告の訴えを全面的に却下。続く同地裁での2陣訴訟では、原告側証人が新たに原告全員の推計被ばく線量を推計し今回の一部勝訴につながった。3月28日に控訴審判決を控える1陣も、高裁に全原告の推計線量を出しており、原告388人のうち25ミリシーベルト以上は37人とみられる。ただし地裁とは別の裁判長だ。

2陣勝訴原告の今井ツタヱさん(84)、下川静子さん(82)姉妹は、弟で1陣原告の谷山勇さん(74)と一緒に爆心地から8・3キロの旧西彼矢上村で原爆に遭った。下川さんは「弟は同じ場所にいたのできっと認められる」と期待を込める。



被爆体験者が被爆地域外での被ばくと被害をめぐり県、長崎市と争い、被爆71年目に下された地裁判決の波紋を追った。

「なぜ25ミリシーベルトでの線引きなのか」。22日の被爆体験者2陣訴訟判決で長崎地裁は、原告161人中、年間積算被ばく線量25ミリシーベルト以上と推定される10人を被爆者と認めた。科学的に未確定な低線量被ばく(100ミリシーベルト以下)の健康被害に踏み込んだ司法判断だが、原告らは唐突感のある独自基準に戸惑いもみせた。


25ミリシーベルト以上とした理由について、判決では自然放射線による年間被ばく線量の平均2・4ミリシーベルトの10倍を超える場合、健康被害を生じる可能性があると説明。被告の長崎市や県の担当者は「根拠が曖昧」と困惑し、原告側も線量での新たな線引きを懸念する。


「25ミリシーベルト」という数値は、官民一体で進めた過去の被爆地域拡大是正運動とも深く関わる。この運動の一環で県市が実施した長崎原爆残留放射能プルトニウム調査(1990~91年)では、市東部の被爆未指定地域の生涯被ばく線量を最大2・5センチグレイ(25ミリシーベルト相当)と推計。しかし国は94年に「健康影響はない」と結論づけた。

地裁判決はこうした国の判断に疑問を投げかけた格好だ。採用した原告側証人、本田孝也県保険医協会長による全原告の外部被ばく線量推定値は、米マンハッタン管区原爆調査団測定の放射線量データ(45年9~10月)を基に算出。勝訴原告10人は、線量25・5~64・9ミリシーベルトだった。

市が被爆地域拡大などのため2013年設置した市原子爆弾放射線影響研究会(朝長万左男会長)は、同プルトニウム調査と同調査団測定の双方を検証済み。いずれも被爆未指定地域の生涯被ばく線量の最大値は「25ミリシーベルト」相当と推計され、焦点は低線量による健康影響に移っている。

研究会委員の松田尚樹長崎大教授(放射線生物・防護学)は、地裁判決で「25ミリシーベルト」の根拠の一つに、福島第1原発事故を踏まえ住民の健康リスクを推計した世界保健機関(WHO)の報告書を挙げた点に着目。「報告書でも25ミリシーベルトは福島原発周辺住民の被ばく線量の最大値だが、健康影響が出たという報告にはなっていない」とする。

その上で「例えば白血病の労災認定基準は『年間の被ばく線量が5ミリシーベルト以上で、被ばくから発症までの期間が1年超』など、それぞれ基準、数値は異なる。科学にも限界がある。明らかに健康リスクがあるともないとも言えない中で裁判所が出した結論だろう」と推察する。

旧北高戸石村(現長崎市、爆心地から約11キロ)で原爆に遭った矢野ユミ子さん(81)は、22日の被爆体験者2陣訴訟の長崎地裁判決で敗訴。被爆者として認められなかった。


「原爆の後、灰が積もった畑で作られた野菜を食べ、井戸水を飲んだ。熱が出たり髪の毛が抜けたりして数年前に胃がんになった。なのに、なぜ被爆者ではないの」。原爆投下後に降り注いだ放射性降下物が野菜や水に混じり、体内に取り込んで「内部被ばく」の影響を受けたと矢野さんは思っている。

訴訟は、爆心地から一定離れた場所での内部被ばくによる健康影響が認められるかどうかが焦点だった。原告側証人の本田孝也・県保険医協会長(59)は原告161人全員を対象に、原爆投下後1年間に浴びた線量を推計。外部被ばく線量は0・3~64・9ミリシーベルト、甲状腺の内部被ばく線量は5・6~1341ミリシーベルトと推計。「健康被害が生じる可能性があった」と訴えた。

だが、地裁判決は内部被ばくについて線量測定や影響の判定は困難とし、本田氏の推計方法の一部に誤りがあると判断。原告について「内部被ばくが生じるような状況にあった」としながらも「具体的な程度(線量)は明らかでない」と結論づけ、外部被ばく線量だけを判断材料にした。このため原告161人のうち被爆者認定は外部被ばく線量が高い10人にとどまった。

「期待していたが、内部被ばくに関して非常に厳しい司法判断が示された」。判決後の集会で本田氏は硬い表情を崩さなかった。

本田氏が期待していたのには訳がある。被爆者の原爆症認定をめぐり「内部被ばくといった残留放射線の影響も十分に考慮すべき」とした昨年10月の東京地裁判決など、内部被ばくの影響を肯定する司法判断は定着しつつあるからだ。

本田氏は「今回の長崎地裁判決は、内部被ばくを認めたふりをして認めていない。線量を全く評価しないのはおかしい」と語る。

原告側は、敗訴した151人について控訴する方針。一方、原告が388人に上る1陣控訴審の福岡高裁判決の言い渡しは1カ月後に迫る。

原告側の三宅敬英弁護士(41)は「地裁と高裁に提出した資料はほぼ同じで、原告全員の線量も同じ手法で出している。しかし裁判長が違う。内部被ばく線量を参考にした高裁判決を期待したい」と語る。


長崎新聞(2016年2月26日)


2016年12月6日火曜日

(追記)訂正の申し入れに対するNPO法人・ヒューマンライツ・ナウの、その後の対応について




「被爆者援護法は、年間1ミリシーベルトを基準と定める」という誤りの記載について
ヒューマンライツ・ナウに出版物の訂正を申し入れました

(詳細リンク)




上記の通り、2016年8月に出版物記載の一部訂正を求めましたが、その後のヒューマンライツ・ナウの対応には真摯な姿勢が感じられません。
指摘を受けても、すみやかに訂正の行動をとらない当該団体の姿勢は、むしろ内容を間違えたことより問題があるのではないでしょうか。

ここであらためて私の感想と批判を率直に述べます。

本書は、「年間1ミリシーベルトを基準とする被害者の権利」を解説する中で、原爆被爆者の援護施策に関する法律「被爆者援護法」について触れ、伊藤氏の寄稿および巻末の「日本のNGO・専門家のコメント」等としても言及してあります。

そこでは、「被爆者援護法は年間1ミリシーベルトを基準として定めている」と紹介しつつ論拠の柱とし、それらと同様に原発事故の被害者にも1ミリシーベルト基準の施策が与えられなくては不平等であるとの主張が展開されており、こうした説明が数箇所にわたり見受けられました。

しかしながら、被爆者援護法に 1ミリシーベルト基準が定められている事実などなく、これは間違った認識です。従って主張の根拠になりません。記述されていたのは表面をなぞった知識で、象徴的なのが、厚労省がインターネット上で公開した単なる「絵図」を文書と表現したり、本来の法律条文を何も確かめていないといった安易な引用です。

原爆については70年以上を経ても、いまだに訴訟は絶えることがなく、原爆被爆者が直面し続けてきた隠蔽や抑圧、厳しい闘いの現実があります。その史実、被害実相に関する知識、原発と原爆という両問題の繋がりなど、日頃の報道等でも注意深さを持てば大筋を知ることは可能で、一般常識の範囲で正しい問題意識を持てるはずです。それは過去のものではなく現在進行形で続いている社会問題です。

本書に寄稿したそれぞれの筆者たちの原発事故被害者に対する想いは理解できますが、刊行した団体関係者に視野の偏りがあり、比較として持ち出された原爆被害者に関しては不勉強なところを感じました。

グローバー勧告自体は重要なものでしたが、一部誤った説明が記載されているため、まだ救済されてない方々の訴えを皮肉にも邪魔する格好となり、現行の被爆者援護施策に関する誤解という弊害を社会に拡げてしまっています。法律家が出版物でそう説明していれば、知らない人はそれを疑わずに事実と受け取ってしまうでしょう。

間違った知識は誤解を生み、無理解や偏見に結びつきます。これは被害の特殊性ゆえに社会から理解されにくい被爆者が、長く苦しんできたことのひとつです。

福島原発事故以後、原爆の放射線被害にも関心が集まり、話題に取り上げられることが多くなりました。しかし原発事故の被害や補償権利を主張する人達が利用する「材料」や「ネタ」として被爆者が存在しているわけではありません。残念なことに、そこにとても 鈍感なまま無自覚に踏み荒らしてしまう人も増えたように思います。

また、虚偽を根拠にしてしまえば大切であるはずの主張の信頼性、正当性も当然毀損されます。それは情報を発信する側に立つ場合において十分気をつけなければならない点です。出版関係者の思い込みと独善傾向が先走り、注意を払うべき事実精査に慎重さを欠いている印象を受けます。

各分野の専門性を伴った主張を行う場合、一部関係者だけで固まらず、特によく知らない事柄については外部からの査読を複数受けるなどの確認作業が必要だと思います。公に出版するのであれば尚更です。そして今回のように後で誤りが見つかった場合、すぐに適切な対応が望まれます。他人の人生の深い部分に影響を及ぼすことだからです。

第三者が情報の質を軽率に扱えば(そして訂正しなければ)、実際に不利益を被るのは当事者(原爆被害者)です。
出版した団体は責任をもって今後の対応を再考して頂きたいところです。(2016年12月)


被爆70年 原爆症認定なお狭き門

被爆70年、今なお訴訟

被爆を認められないヒバクシャたち