2017年2月22日水曜日

長崎)「被爆体験者」救済まだ 長崎地裁判決から1年




2017年2月22日 朝日

長崎原爆の投下時に爆心地から12キロ圏内にいながら被爆者と認められなかった「被爆体験者」10人が被爆者と認められた長崎地裁判決から、22日で1年が経つ。勝訴した10人の原告への手帳交付は、まだ実現していない。高齢の原告らは体調不良に悩みながらも、国や県、市への働きかけを続け、福岡高裁で続く審理の行方を見守っている。


■83歳女性「はがゆか」
「周りはどんどん死んでいく。はがゆか」。長崎市の女性(83)は、やりきれない気持ちでいる。昨年2月の長崎地裁判決で被爆者と認められた一人だが、市などが控訴して判決は確定せず、被爆者健康手帳をまだ手にできていない。提訴から6年が経とうとしている。
東長崎地区に住む。ここ数年は原因不明の下血に悩む。昨年11月には、ひざの関節炎が悪化。痛みに耐えきれず救急車を呼び、1週間ほど入院した。関節炎は被爆体験者支援制度の対象だが、今後どのような病気になるかわからない不安が、つきまとう。
72年前は爆心地の東8キロの現・かき道地区に住んでいた。原爆後には、近所の空が黒い雲におおわれ、降り積もった灰を払って野菜を食べ、井戸水を飲んだ。
20代の頃から胃炎や湿疹など、さまざまな病に悩まされてきた。幼なじみに誘われて集団訴訟に参加し、原爆の影響を疑い始めた。「あと何年生きるか分からん私たちのことも安心させてくれんのか」。行政の対応にいらだちを隠せない。
■原告団、粘り強く要請
被爆体験者訴訟の原告団は、救済を求めて粘り強く行政への働きかけを続けている。
第1陣、第2陣の原告や支援者らは今月9日、長崎市の担当者らに要請書を手渡し、国への働きかけを強めるよう求めた。
要請書は1月下旬に行った厚生労働省への陳情を踏まえたもの。書面では「国は真剣に原爆放射線被害の救済に立ち向かおうとしていない」と国の対応を批判。地元の長崎市や県から国への働きかけを強めるなど、「高齢化して限られた時間しかないという現実を認識した対応」を求めた。
厚労省を訪れた10人のうちのひとり、浜田武男さん(77)は、「地元の県や市が積極的にアピールをすることで、私たちを助けて欲しい」と訴えた。

■独自の研究会で放射線影響検討  長崎市
長崎市は昨年2月の長崎地裁判決を受けて控訴したが、一方で独自に設置した「長崎市原爆放射線影響研究会」で、原爆後の放射線の影響について検討を続けている。報告の中身次第で被爆地域の拡大を国に求める際の科学的根拠とする。
会は2013年に設置。医師や物理学者ら6人で構成し、日本赤十字社長崎原爆病院の朝長万左男・名誉院長が委員長を務める。会合を半年に1回開き、各委員が研究結果を持ち寄る。昨年9月の7回目の会合では広島から研究者を招き、低線量被曝(ひばく)のリスクについて聞き取りをした。
会が報告書をまとめる期限は決まっていないが、朝長委員長は昨年の会合で「そろそろ一定の結論を導かないといけない時期」と語った。次回は3月下旬に予定されている。

長崎市は15年夏、爆心地から12キロ圏内を一律に「被爆地域」とするよう求める要望書を国に出していた。昨年2月の第2陣の判決を受けて控訴した後、田上富久市長は原告らと面会し、「市は、被爆地域の拡大を求める立場と援護制度を運用する立場という二つがある」と説明していた。(真野啓太)

■被爆体験者をめぐる動き
2002年 被爆体験者支援事業が始まる
07年11月 第1陣22人が県や長崎市を相手取り、被爆者健康手帳の交付を求めて提訴。その後、追加提訴で395人になる
11年6月 第2陣43人が提訴
12年6月 長崎地裁で第1陣が全面敗訴。福岡高裁に控訴
16年2月 長崎地裁が第2陣161人のうち、10人を被爆者と認める判決。敗訴原告・被告ともに控訴
同年5月 福岡高裁で第1陣が全面敗訴。原告が最高裁に上告
〈被爆体験者〉 長崎原爆の投下時、国が定める被爆地域(南北約12キロ、東西約7キロ)の外にいたために被爆者と認められない人たち。胃炎や関節痛など一部の病気は原爆に遭ったことによる精神的影響とみなされ、医療費が給付される。一方で放射線の影響は否定され、がんなどは対象外。被爆者健康手帳の提示で医療費が原則無償となる被爆者とは受けられる援護に差がある。
こうした援護の差の解消を求め、07年には長崎市深堀町の住民らが県や市を相手に提訴。11年には諫早市多良見町の住民らが第2陣として提訴した。
昨年2月の長崎地裁判決は第2陣の原告のうち10人を被爆者と認めたが、原告・被告の双方が控訴。福岡高裁で審理が続き、原告側は専門家の意見書を追加し、国が決めた被爆地域外でも放射線の影響があったと主張している。
昨年5月に福岡高裁で全面敗訴した第1陣では原告側が上告。合理的な理由がないのに援護に差を設けているとして、憲法の法の下の平等に違反すると主張している。
今年11月で最初の提訴から10年。第1陣は395人、第2陣は161人(それぞれの1審判決時)いた原告のうち、これまでに計87人が亡くなった。