2015年4月14日火曜日

原爆放射線影響研究会「不透明な設置経緯」





原爆放射線影響研究会:

長崎市の公開文書 

不透明な設置経緯 「釈明」に批判強まる /長崎

毎日新聞 2014年01月12日 地方版
長崎原爆の被爆地域拡大に向け長崎市が設置した「原爆放射線影響研究会」の委員(6人)の人選で、市が当初「市と係争中の(被爆体験者)訴訟に係る原告側、被告側双方とも対象外」と内部文書に明記していたことが情報公開請求で分かった。実際には、訴訟の原告側意見書を作成した専門家は除外された一方、市側意見書を作成した専門家が選ばれ、被爆体験者団体が「不平等だ」と批判。設置経緯の不透明さを指摘する声が強まりそうだ。【樋口岳大】
毎日新聞は2013年末、研究会に関する約400枚の文書を情報公開請求で入手した。うち13年7月作成の予算説明書など少なくとも5枚に、被爆体験者が市などに被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で原告、被告双方に関係する専門家を委員の「対象外とする」と明記していた。
人選を巡っては、被爆体験者団体は、原爆投下直後の米軍マンハッタン管区原爆調査団の測定データなどを基に「広範囲で残留放射線の人体影響があった」とする原告側意見書を作成した本田孝也・県保険医協会長を選ぶように求めたが、市は拒否。一方、本田意見書に反論する市側の意見書を作成した一人の神谷研二・広島大副学長を委員に選んだ。
「双方対象外」と明記しながら、市側の専門家だけを選んだ理由について、市原爆被爆対策部調査課は「あくまでも原案段階の所管課としての考えであり、市の方針ではない。最終的には高い専門性や情報収集のためのネットワークがあることなどを優先し、『双方対象外』は要件から外した」と説明した。
また、研究会の「設置目的」が修正された経緯も判明。13年7月作成の報告書によると、市の担当者が相談した専門家が「会の目的に被爆地域拡大など具体的な事項を入れると、何か成果を求められることにもなりかねないので参加が難しくなる」と述べたことを受け、市は「現在の資料が被爆地域拡大が全面に出ているので、被爆者援護行政全般について専門家から情報や意見を収集する目的に修正すること」と明記していた。
結局、会の研究対象には原爆症や放射線の遺伝的影響も含まれることになり、体験者団体は「私たちに残された時間は少ない。被爆地域拡大だけに絞るべきだ」と批判している。
さらに、本田氏が分析した米軍の測定データについて、県が13年10月、市に「研究会で検証する考えはないか。本田医師の解釈以外のことが想定できないか」と質問したのに対し、市の担当者が「測定値なので、検証のしようがない」などと回答していたことも判明。このデータは同12月の研究会初会合で検証することが決まったが、県に回答していた市の担当者は取材に「個人的な意見で先走り過ぎた。今は検証が必要という専門家の意見を尊重すべきだと考えている」と釈明した。
公開文書から判明したこうした経緯について被爆体験者訴訟第1陣原告団の岩永千代子事務局長は「怒りを感じる。市に説明を求めたい」と語った。
〔長崎版〕


不透明設置経緯、被爆体験者ら抗議 /長崎 

 2014年01月15日

被爆地域拡大に向けた「長崎市原爆放射線影響研究会」の不透明な設置経緯が毎日新聞の情報公開請求で明らかになったことを受け、被爆体験者訴訟の原告団が14日、長崎市に抗議した。
 原爆投下直後に米軍が測定し、訴訟の原告側意見書を作成した本田孝也・県保険医協会長が分析したデータに関し2013年10月、県が「研究会で検証する考えはないか」と質問したことに対し、市の担当者が「測定値なので、検証のしようがない」などと回答していたことが内部文書で判明していた。
 原告団は「被爆地域拡大のためには、専門家に検証を委ねるべきではないのか」と抗議。市の担当者は「私が個人的な意見を申し上げた。反省している」と釈明した。
 また、研究会の委員人選で、市が当初、訴訟に関係する原告側、被告側双方の専門家を対象外にすると内部文書に明記しながら原告側の専門家だけを除外したことなどについても原告団は「不当だ」と抗議した。

【樋口岳大】
〔長崎版〕






委員選任見直し要求 被爆体験者、長崎市に申し入れ /長崎  

2014年01月22日

 被爆地域拡大に向けた「長崎市原爆放射線影響研究会」の不透明な設置経緯が判明したことを受け、被爆体験者でつくる「長崎被爆地域拡大協議会」は21日、市に対し、研究会の委員選任を見直すよう申し入れた。
 委員選任を巡り、市が「被爆体験者訴訟に関係する原告側、被告側、双方とも対象外とする」と内部文書に明記していたことが、毎日新聞の情報公開請求で判明。しかし、実際には、同訴訟で原告側意見書を作成した本田孝也・県保険医協会長が除外された一方、本田意見書に反論する国や市側の意見書を作成した神谷研二・広島大副学長が選ばれた。
 同協議会は「市の基本姿勢が二転三転したことが判明した。裁判で国側に立つ神谷氏を委員にして、被爆地域拡大ができるわけがない」として、本田氏の委員選任などを要求。市は「検討過程で双方対象外という一つの考え方があったのは事実だが、その時点で(正式な市の方針として)決定したわけではない」などと説明した。

【樋口岳大】
〔長崎版〕




被爆体験者、委員選任の見直し再度申し入れ 

2014年02月14日

 被爆体験者でつくる「長崎被爆地域拡大協議会」(峰松巳会長)は13日、長崎市役所を訪れ、市の「原爆放射線影響研究会」の専門委員選任を見直すよう再度申し入れた。
 研究会の委員選任を巡っては、市が「被爆体験者訴訟に関係する原告側、被告側、双方とも対象外とする」と内部文書に明記していながら、国や市側の意見書を作成した神谷研二・広島大副学長を選んだ経緯がある。
 また、同協議会は、福島第1原発事故後、福島県に「放射線健康リスク管理アドバイザー」として派遣された神谷氏と高村昇・長崎大大学院教授が「避難を遅らせた」として当時の福島県民から告訴された、と指摘。再検討を求めた。

【澤本麻里子】
〔長崎版〕




議論は低調 被爆体験者らの批判続出 /長崎  

2014年03月14日

 被爆地域拡大のため長崎市が設置した原爆放射線影響研究会の第2回会合が13日、あったが、約2時間の会議の大半が公開資料の説明や朗読に費やされ、議論は低調だった。傍聴した約50人の被爆体験者から「何のための研究会か」との批判が続出した。
 研究会会長の朝長万左男・日赤長崎原爆病院長は過去の資料などを再検証する考えを示した。次回会合は9月。岡島俊三・長崎大名誉教授が土壌のプルトニウムから被爆体験者の地域での最大被ばく線量を25ミリシーベルトだったと推定しながら国が「健康影響はない」と結論づけた1991年の報告書を再検証する。
 傍聴した「長崎被爆地域拡大協議会」の山本誠一事務局長は「議論の焦点が見えない」と批判。被爆体験者訴訟の原告を支援する平野伸人さんは「被爆体験者が置かれた悲痛な現状を市が打開しようとしているとは思えない」と語った。

【樋口岳大】
〔長崎版〕

取材前線:被爆体験者原告の1割死亡

 高齢化「早期に手帳を」 /長崎

毎日新聞 2014年05月12日 地方版
長崎原爆の被爆体験者が長崎市と県、国に被爆者健康手帳の交付などを求めた第1陣訴訟(2007〜08年提訴)は今春までに39人の原告が死亡し、死亡原告数が提訴時原告(395人)の1割に達した。控訴審が福岡高裁で続くが、原告が全面敗訴した1審・長崎地裁判決から来月で2年となり、高齢化した原告には焦りが募る。【樋口岳大】
原爆投下後、黒い空から灰が降り注ぐなか、防空壕(ごう)から出た少年と少女が小さな浅井戸で水をすする光景を描いた1枚の絵が残っている。すすけた空には真っ赤な太陽が浮かんでいる。3月27日に死去し「39人目」の死亡原告となった長崎市の尾上隆義さん(享年77)の体験を聞いた親類が描いた。
生前の証言記録などによると、尾上さんは8歳の時、爆心の東約11キロの旧戸石村(現長崎市)でいとこたちと遊んでいて、原爆に遭った。「当時は何の知識もなく、灰の積もった野菜などを食べ、生活用水も灰まじりの水を利用していた」(訴訟の陳述書)
尾上さんは65歳を過ぎたころから腰の病がひどくなり、最後は寝たきりになって亡くなった。自らも原告である妻勝子さん(72)は「国の線引きで被爆者と認められないのは許せない」と訴える。
国は爆心から南北約12キロ、東西約7キロの国が定めた区域内で被爆した人を「被爆者」と認めるが、同じ約12キロ以内で原爆に遭いながら区域外にいた人を「被爆体験者」と名付け、医療支援を限定するなど差別的な扱いをしている。「被爆体験者」とされた原告は、放射性降下物を体内に取り込んで内部被ばくした被爆者だと訴え、被爆者健康手帳の交付を求めている。
2011年5月に死去した原告の福田清江さん(享年87)は、爆心の南西約10キロの旧香焼村(現長崎市)の海岸で原爆に遭った。生後8カ月で一緒にいた長男幸博さん(69)と共に爆風で吹き飛ばされたという。近くの造船所で原爆に遭った福田さんの夫幸太郎さん(94)は当時の記憶が徐々に薄れており、幸博さんは「提訴から7年。早く解決してほしい」と語った。
原告の田中智津子さん(72)は、乳がんなどに苦しみ、車椅子での生活が続く。3歳の時、爆心の南西約10キロの旧深堀村(現長崎市)の自宅で原爆に遭った。ずっと体が弱く、50歳を過ぎて甲状腺疾患や脳梗塞(こうそく)にも見舞われた。「寿命はどうにもできないが、一日でも長く生きたい。せめて安心して医療が受けられるようにしてほしい」と訴えた。
〔長崎版〕